娘の進路に戸惑う その6

いよいよ五年目のドイツ留学生活、最終章(上)です。少し長くなりますが次回(下)もよろしくお願い致します。

 

秋の卒業前に、五月に卒業試験を兼ねオーケストラとの演奏が行われるが、その時に家族が同席する習わしがあるとの事。そんな話聞いてないぞ〜。

 

 妻と相談の上、結局私がドイツに行く事に。

海外旅行は仕事の関係で慣れていたので、苦にならず関空からフランクフルトまでひとり旅に、あっと過ぎた✈️12時間。

空港には大学の友達で同じアパートの二人(日本人)が迎えてくれて、娘が予約してくれたホテルへ。

翌日の演奏を控え、合わせの練習で夕食は友人7、8人が招待してくれて、明日の演奏会が終了するまで同行案内するとの事。それまでは娘に会えないらしいです。

 

卒業試験演奏会はマンハイムから車でアウトバーンを約一時間、ワイン農園工場で働いている友人の古いベンツに乗せてもらい、二台の車で大学の友達と会場へ。

開演して種々の楽器との演奏が進み、ピアノの娘は5番目のオーケストラとの共演でした。

音楽音痴の私には、批評する事は出来ませんが長い演奏に体力がもつか心配でしたが無事終わった。観客が立ち上がり「ブラボー」の声や拍手に私も思わず👏していました。

閉演後、五年間娘がドイツの父母と呼んでいたマイスナー夫妻や恩師のR.B先生や、ドイツ各地から来て下さった先輩や後輩に挨拶する。

その夜、又々レストランで皆んなでワインやビールで宴会です。その後娘のアパートで泊まり、翌日、お土産を持ち娘の案内でマイスナー夫妻の家へ御礼に行くが、逆に昼食まで用意されていたのに感謝感激です。夜は狭いアパートの部屋に各自各部屋で一品づつ作り持ち寄りパーティーに日本の有名な音楽大学を卒業した留学生が十人位集まった。恒例行事らしいです。

 

その後、娘の通訳兼案内で四泊五日のドイツ小旅行で🚌や🚆を利用して、ハイデルベルクやロマンティック街道、ノイシュヴァンシュタイン城ミュンヘン.私の友人に紹介してもらったビュルツブルクのレストラン等。そこで偶然にレストランに来た通訳者が、日本で娘が留学前にドイツ語を習った先生にビックリ‼️結局通訳は要らず、ドイツ語と日本語でお互いに昔話(当家にも来られたらしい)に終始。私は🍷や🍺白アスパラやソーセージのドイツ料理を堪能する。

 あっと言う間に過ぎ、空港まで見送ってくれた娘と別れ帰国の途に。父と娘の最初で最後の親子二人旅行でした。 

余計な話ですが、その後娘の帰国前に妻と4歳からのピアノ教室でのお母さんとドイツに娘の案内で8日間の旅行に行っています。

 

そして、娘を支えて下さった皆様や年令職種に関係無く友人の多さに驚きと、こんなにも沢山の日本からの留学生の方がおられたお陰で、娘も安心して五年間勉学出来たと思います。

 

 帰国して12年、日本での日々活動にも留学時の友人が活躍されている刺激を受けて、協力仕合い頑張れるのだと思います。娘の計画実行の渡独が間違い無かったと。・・・次回の(下)に続きます。